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エコフィンノロジー

日本の葬式は、さまざまな宗教や習俗に由来するものが入り交じっておこなわれています。
「儒教とはなにか」(加地伸行著・中央公論)によれば、たとえば
◆「死後、通夜までは自宅に遺体を安置する」は、儒教の風習にちなんだもの。
◆「出棺のとき、家族・親族が柩を運び出す」は、儒教の風習にちなんだもの。
◆「荼毘に付す(火葬)」は、仏教。
◆「お骨を大事にする」は、儒教。
◆「お清めの塩」は、神道。
正月は神道、お彼岸・お盆は仏教、クリスマスはキリスト教の日本ですから、このいい加減さは一神教の国から見れば?????何て無節操!でしょうか?
供養の分野でも、日本古来の祖霊観の信仰の基に仏教が伝来、融合し、いろんな矛盾を含みながら故人供養がおこなわれています。民俗学の柳田国男によれば古来霊は永久にこの国土のうちに留まって、そう遠方へ行ってしまわない。

棺と大学教育

名古屋学院大学・人間健康学部・リハビリテーション学科・教授 増田 喜治

紫の棺桶が名古屋学院大学に運搬されてきた時のことを、今でも鮮明に覚えています。それは、想像以上に大きく、美しい器のようでした。一目見るだけで、静かに死の世界へ自分を押し出してくれるような、インパクトがありました。人目を意識しながら、私は速やかにその棺桶をガラクタが散在している研究室に運び入れました。その午後、心に病のある学生の一人が小声でこのように語ってくれました。「『爆死せよ。爆死せよ。』という言葉が聞こえて、寝れないのです。」早速、その学生を研究室に招待し、とりあえず立てかけてある棺桶に手を触れてもらいました。その学生は暫く考えて、このように言いました。「先生、死というものは静かなものですね。」無事、入棺を果たした別の学生は、「人間が最終的に必要なのは、この棺桶の空間だけです。」と語り、「扉をバタンと閉められた時、現実空間から拒絶され、異次元の空間への旅立ちを一瞬、感じました。」とも述べています。またある日本人の宣教師は、「棺桶に入った瞬間、天国へダイビングしているような感じがした」と入棺の体験を述べています。また、年に一度は棺桶をチャペルの講壇前に設置し、私は死と対話する必要性を淡々と語ります。夏期英語講習の蒸し暑い最終日に喝をいれるため、教室内に棺桶を持ち込んで、授業展開をしたこともあります。このように棺桶は自ら言葉を発して、心の必要に応じて様々のメッセージを私たちに語りかけます。